この面は、眼の下瞼が湾曲し眼尻にかけてややつりぎみとなり、またどっしりとした鼻柱をもっています。それにくらべて口の両端の彫り方や下歯列のないところは、若い女面と同じ彫り方がなされているため、その表情は王朝の貴公子らしい優雅さにあふれています。能面では、下歯列のないということは、優しさ・美しさ・雅やかさを表現する一つのテクニックです。また、額の黛は殿上眉といわれ、四位・五位以上の昇殿を許された殿上人が描く眉ですし、額の上部の黒い線は、冠型といって冠をかぶっていることを示す仮面制作上の約束です。そのうえ、この冠型の左右の鬢に細い毛描きがみられたり、鼻下の生毛のような口髭や、お歯黒で染めた歯列などに、いかにも貴族らしい繊細さが表現されています。しかし、中将のもっとも大きな特徴となっているのは、眉の付け根に寄せられた二本の縦の皺状です。この手法が秀麗な表情のなかに一抹の哀愁を感じさせるのです。この哀愁は、死後修羅道におちた者に課せられた永遠の闘争にさいなまれ続ける悲劇の主人公たち、すなわち平家の公達たちが背負っている悲哀とつながっています。こうした原因から、業平を主人公とする『小塩』(おしお)『雲林院』はもちろんのこと、平安初期の貴族にあこがれた平家の公達を主人公とする『清経』(きよつね)『忠度』(ただのり)『通盛』(みちもり)などにも使います。したがって、平太が勝修羅の面なら、中将は負修羅の面ともいえましょう。また平太と中将とは、それぞれ源氏・平氏の武将の面とも考えられます。

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